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sylphid

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Mañana será otro día

<   2010年 04月 ( 27 )   > この月の画像一覧

恋は海の波のよう、進みに進んで去って行く。
恋はみんな手に入れるが、誰がそれを守るすべを知ろう。
恋は2本のかいを持つ、海に浮かんだ小さな舟。
ひとつのかいは手に握りしめ、もう1本はなりゆきまかせ。

誰が書かなかっただろう、孤独をのがれて、一遍の詩を・・。
だれが抱かせなかったろう、その身を、15の年ごろに・・・。
そして命の火が消され、もはや手もふるえる時、誰がさがさなかったろう、難破した船のあの思い出を・・・。

恋は愛しはじめる前に、年寄りになって行く。
恋は子供なのだから、歩くことを教えなければ・・・
恋は土地のようなもの。耕やし、種をまかなければ・・。
ごらん、日が暮れたなら、踏みに来る人もない。・・恋は急いで去って行く。”
                  『AMORES 』作詞作曲;マリ・トリニ
マリ・トリニのAMORES(愛)という曲の歌詞です。
始めてこの曲を知ったのは、この曲の歌詞にもある15の年より少し後15~16歳位の頃でした。マリ・トリニのきれいな容姿には似合わぬ低く重く絞り出すような歌声とその曲その歌詞に引き込まれてしまいました。ラテン・スペイン音楽の魅力に取り憑かれてしまったきっかけにもなった曲でした。40年近く経ったいまでもこの歌詞を目にするだけで少々心拍数が上がってしまう親爺です。。

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 今日、4月6日はそのMari Triniの命日(一周忌)。もともと病弱だった彼女は昨年 (2009 )62年の生涯を閉じました。
最近youtubeにもMari Triniの動画が増えてきたので、今日はMari Trini特集。大大大大大大大好きなMari Toriniを聴いてください。


もちろん最初の曲は、- Amores
Mari Trini - Amores / Dejame

「アモーレス」とそのカップリング曲「デハメ」でした。
初期の曲から続けて2曲
Mary Trini Por ti, Por ti


Mari Trini Vals de Otoño

どうでした?マリ・トリニの印象???
写真のイメージからは想像しにくい歌声だったのでは。。
わたしはこの歌声に引き込まれてしまったのでした。
五十路を過ぎた今だって彼女の歌なら目頭を潤ませることが出来ますよ。。。
イワシミズヒロシじゃないけど「マリ・トリニよ、きみの歌なら親爺は泣ける。」ってなもんです。。まぁ、家族には内緒にしていますがもともと涙腺が緩いので何にでもウルウル体質なのですが・・・・


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次は、晩年のマリ・トリニから、
2001年に出た「MARI TRINI LOS PANCHOS」他から数曲。
マリ・トリニとトリオ・ロス・パンチョス。異色の組み合わせのようですが、なかなかどうしてマリ・トリニのボレーロ味わい深いものがあります。


MARI TRINI - HISTORIA DE UN AMOR - LA BARCA

HISTORIA DE UN AMORは「ラテン音楽名曲名演名唱 ベスト100」のシリーズでも紹介させてもらいましたね。LA BARCA は、はじめてかな(いや、随分前に記事にしたことがあるような気がする?????・・)LA BARCA は和訳すると小舟です。サンバにも小舟って曲がありますよね。。よく似たタイトルですが全く別物。。もちろん両方とも素敵な曲です。。
次の曲は、、
QUE SEAS FELIZ - MARI TRINI

QUE SEAS FELIZ、これも有名なボレーロですね。
わたしはグアダルーペ・ペネーダの演唱が好きでよく聴いています。
グアダルーペ・ペネーダの澄んだ歌声とは対照的なマリ・トリニ。。聴き比べるとお互いの良さがよくわかります。。
そして、
MARI TRINI - EL VERBO AMAR - SABOR A MI

この二曲は「ラテン音楽名曲名演名唱 ベスト100」のシリーズのサボール・ア・ミの章で同じ演奏を紹介していましたね。。メキシコのボレーロにしてはあまり甘ったるくなくキューバ風にも聞こえる。マリ・トリニが歌うと哀感すら感じてしまいます。

最後にキューバのボレーロの素敵な曲を。。
La Habana MARI TRINI

ラ・アバーナ、曲名は知らなくても一度は聴いたことがあるのでは。。。
素敵な曲です。。
もっと、もっと紹介したいのですがくどくなりそうなのでこの辺で。
   命日によせて om
by sylphid-mave | 2010-04-06 21:17 | 音居間Latin | Comments(0)
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 もう一度紙サル挑戦ということで、手始めに以前カーボン胴に載せていたスパン410mmのpaperhoneycomb翼を木製胴に移植してみました。
今回のデサマ機構は主翼ポップアップ式。構造上錘落下式より重くなる為避けていたのですが、着木したときの回収のしやすさ、現在の主流であること、なによりいつも悩んでいた主翼の取付角が現場合わせで調整できることが魅力です。
 カーボン胴から木製胴に載せ替えたので当然ながら重量増となってしまいました。30gをわずかに割っていたものが、桧胴になって34.86g。約5g増。主翼投影幅410mmの機体なので30g以内に抑えたいところ。飛ばしてみて重いようならば、尾翼を交換します。現在の尾翼は厚さ3mmのハニカムを削りだしたもの。少々オーバースペックなので2mm厚ハニカムもしくは、リップルボード貼り合わせに交換して垂直水平尾翼全体で1.5g程度軽くできれば、機重で5g以上軽くできるのではないかとトラタヌしています。
 現在、ハニカム翼をスパン380mm~468mmで三機分仕込み中、いつものように気分だけは空を優雅に飛んでいます。ハッハッハー。。
by sylphid-mave | 2010-04-05 22:30 | 飛行機のこと | Comments(0)
昨日は4月4日。おかまの日でしたね。。。ヘヘh

c0012819_7162426.jpg22番目は
Led Zeppelin
パープル派か?ツェッペリン派か?。私はツェッペリン派でした。
ロックの基本はロックンロールだ!!!。
先日再結成された演奏をみて、ジミー・ペイジの手がドラえもんみたいで悲しかった。それでもツェッペリンは永遠だぁ  の、26曲


Immigrant Song - 1972

うちの娘もお気に入りだった移民の歌

次も名曲「鉛舟・黒犬}

ところで 『It's only Rock'nRoll Vol 2』ってナンのこと?????
関連元記事参照
by sylphid-mave | 2010-04-05 06:14 | 音居間HM/HR | Comments(0)
「ラテン音楽 名曲 名演 名唱 ベスト100」
第8章 
ラテンアメリカの真実がみえる10曲-アルゼンチン-
②-Anahí-

「アナイー」、火あぶりになったグアラニー族の女王の伝説を歌ったもの。
-----------------------------引用-------------------------------
 グアラニー族の女王が火あぶりの刑に処せられるも、一輪の赤い花に生まれ変わったという伝説をもとに、アルゼンチンのオスバルド・ソーサ・コルデーロが1943年に作った。悲しくも美しい、心にしみるような歌である。グアラニー族は、昔はともかく、いまではパラグアイとアルゼンチン、ブラジルの国境地帯に2万人強の人たちが住むだけの先住民である。もっともパラグアイではグアラニー族もスペイン語と共に公用語となっている。ちなみにこの曲名はグアラニー語で、スペイン語ではセイボ(ceibo)という。マメ科ディゴ属の低木で、きれいな赤い花を咲かせるが、その花はなぜかパラグアイではなく、アルゼンチンとウルグアイの国花に指定されている。
 この歌の背景にあるには、パラグアイ戦争である。パラグアイは国境問題をきっかけに、1864年11月からアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイを相手に闘い、婦女子まで動員する総力戦を展開したものの、みずから軍を率いて闘ったフランシスコ・ソラノ・ロペス(1826~70)大統領が70年3月1日にコラの丘の死闘で倒れたことで降伏した。この戦争で広大な領土を失い、65年には50万人あまりだった人口が、戦後には22万人にまで減り、そのうち成人男性は3万人にも満たなかったというから、まさに壊滅状態だった。征服者スペイン人との長い闘いの末に独立をかちとっても、このような紛争が各国間であとを絶たなかった。このためその後の発展が著しく遅れ、国民が貧困にあえぐといったこともラテンアメリカに顕著な歴史的事実なのだ。
 「アナイー、おまえのために/嘆きのアルパは涙をつまびく/アナイー、それはおまえの/グアラニーを治める女の/計り知れない勇敢さを思うがゆえ/アグァイーの実のような/甘い声をもつ/強いインディア(=インディオの女性)/アナイー、おまえの血は滅びてなどいない/ルビーのような赤い花として/誇り高く/脈々と続いていくだろう・・・・・」(安野由岐子訳)
 結局、グアラニーの女王は敵につかまり、死刑を宣告され、火あぶりの刑を科せられた。炎につつまれ、そのからだが燃えつきたとき、彼女の命は赤いセイボの花に転生したという伝説である。国のために散った女王の化身である赤い花を、国花にしないのはパラグアイの尊厳だろう。一方”愛国の英雄“としてロペス大統領をいまも敬うが、これもまた尊厳なのである。
-----------------------------引用終わり-------------------------

Anahi - Los Panchos

by sylphid-mave | 2010-04-03 18:46 | 音居間Latin | Comments(0)
c0012819_8153732.jpg21番目は
L.A.Guns
アクセル・ローズと袂を分かったトレーシー・ガンズのバンド。ガンズ・アンド・ローゼスと比べると正統派LAメタル?????。「The Best of L.A. Guns: Hollywood a Go Go」からの、19曲
L.A. Guns - Sex Action


ところで 『It's only Rock'nRoll Vol 2』ってナンのこと?????
関連元記事参照
by sylphid-mave | 2010-04-03 06:12 | 音居間HM/HR | Comments(0)
c0012819_7223937.jpg先日、産業廃棄物処理計画書の運行経路図なるものを作成中「牧の鼻」なる地名が目に入りました。今日はその牧の鼻にまつわるお話を。。。
画像は博多湾北部の地図です。
南にある島が博多湾を埋め立てて作られたアイランドシティー。
北東のとうのはる駅からわじろ駅の間がひところ保護問題で騒がれていた「和白干潟」。。
この付近一帯ががわたしの少年時代の夢と冒険の場所でした。。
和白干潟については少々思うところもあるのでまた後日として、今日のお話は地図中央の牧の鼻のこと。30数年前まではここ牧の鼻は甲蟹の生息地だったんですよ。当然そのころはアイランドシティーなる埋め立て地はなたった頃のことです。

始めて甲蟹と遭遇したのは、かれこれ40年近く前のこと。 
いつものように、和白干潟で一年上の悪ガキ先輩ふたりと三人で遊んでいました。
その日は大きな丸太が漂着していて、三人で丸太にまたがって遊んでいたらダンダン沖に流され出したのです。和白干潟はどこまでも歩いていけそうな遠浅の海岸。あまり気にしなかったのだけど、もともと透明度が悪くて底がよく見えない海。心配になってはきても丸太から降りる勇気も持てず、手をオール代わり岸に向かって漕ぎ続けたどり着いたのが牧の鼻の海岸でした。ここは和白干潟に比べると潮に洗われているからでしょうか、幾分きれいな砂と岩肌の混じった浜辺でした。「おい、しっとおやぁ。ここ、甲蟹がおるっちぇえ。」「うそ、うそ。どこにおる?」なんてことを言いながら捜していると見つけたんですよ。数匹の甲蟹を。「持って帰ろうじぇ。」ということになって、一匹のかぶとがにをぶら下げ、博多湾に沈む夕陽を浴びながら家路についていると、もちろん歩きですよ、なんだか、臭うんです。。
「ねぇ、なんか臭わん?。」
「うん、臭う。」
「それ、腐っとらん?。」
「うわっ。腐っとお!!。」
「臭かぁぁぁっぁあぁx。」
「もう、捨てやい。そげなもん。」
「何処ぇ。何処でん、捨てられんめえもん。」
「そこ。池があるやん。」
「池?。。池って、これ、ひとんがたの庭やん。。」
「良かろうもん。。。」
そういうことになりまして、よそ様の庭先にあった小さな池の縁にそっと甲蟹を放して、悪ガキ三人は帰って行ったのでした。
 『ごめんなさいぃぃぃぃっぃぃ。。。。m(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m^^;^^;』

ひょっとして、あのとき牧の鼻に流れ着かなかったら。。私はいま、ここにはいなかったかもしれませんね。。
                fin
by sylphid-mave | 2010-04-02 06:02 | ぶつぶつ戯言独り言 | Comments(0)
昨日はブルームーンでしたが、福岡はあいにくの雨模様でした。
ざんねん。
それはさておき、ホットなラテンのラブソングのシリーズが終わっちゃいまして今日から第8章。。
ラテンアメリカの真実をお聴きください。。
「ラテン音楽 名曲 名演 名唱 ベスト100」
第8章 
ラテンアメリカの真実がみえる10曲-アルゼンチン-
①-Canción del derrumbe indio-
第8章の最初の曲は「亡びゆくインディオの哀歌」。
現在のラテンアメリカは大別すると三つの民族から成り立っているといえます。
ひとつは、侵略者西欧人。
ふたつめは、侵略者西欧人に奴隷として連れてこられた黒人
みっつめは、先住民インディオ。

以前、サウダージの話をさせてもらったときは、祖国から無理矢理連れてこられて帰ることが出来ない黒人の哀しみにふれました。ではここ中南米で一番悲惨な運命を背負わされたのは誰だったでしょうか。。それはいうまでもなく、先住民インディオ達だった。。
-------------------------------引用---------------------
 ラテンアメリカの先住民にとって、ヨーロッパからやってきた白人達は残酷な征服者というだけではなく、文字通り疫病神だった。つまりヨーロッパ人はインフルエンザ、はしか、あるいは天然痘といったウイルス性の流行病を持ち込んできたが、中南米に以前から暮らしてきた人たちはそれに対する免疫が全くなかったため、最悪の事態がおこったのだ。しかも自分たちの食糧を奪われて栄養状態がよくない。また過酷な労働を強いられて体の抵抗力がなかったことも悲劇を大きくした。たとえば、増田義郎氏の著書『物語ラテンアメリカの歴史』(中央公論社刊)によれば、ペルーの先住民の人口は1570年初期の統計で約130万人だったのが、1620年代までに約70万人になっていたという。しかも征服が始まった1532年から1570年まで『大幅な人口減少がおこっているから、かりに征服前の人口を400万とすると、その83パーセントが失われたことになる。インカ帝国の人口を最大限に見積もった場合、1500万という数字が出ているので、これを基準とすれば、じつに95パーセントの人口が失われたわけである』と増田氏はなんとも戦慄的なことを記している。南米のごく一部だけで、こうなのだから、あとは推して知るべしである。
 こうした予備知識にふれた上で、この歌に耳を傾けてみることをお勧めしたい。アルゼンチンのトゥクマン出身のフェルナンド・フィゲレード・イラマインが1940年代に作ったカルージョの曲であるが、ワイニョの風味を加味して演唱されることもある。「心のそばにいて/そばにいてほしいの/チャランゴよ/やさしい音声のチャランゴよ/泣かせておくれ/もう私には何も残っていない」という、始まりからして切ない。そもそもインカの時代にチャランゴなど存在しなかったのだ。そのチャランゴに泣きすがるしかすべがないとは、なんという皮肉だろう、といつも思う。
 ラストはもう涙ものだ。「大きくて幸福な/太陽の帝国/それを白人たちは奪っていった/チャランゴよ/戦いに敗れ/私の民族の血は絶える/他の文明に滅ぼされて/チャランゴよ/やさしい音声のチャランゴよ」
 先住民の嘆き節といえばそれまでだが、一度は聴いて胸に痛みを感じるのも悪くない。
----------------------引用終わり----------------------
この章、「ラテンアメリカの真実がみえる10曲」では竹村さんの本からの引用が増えそうです。歌は、喜び、哀しみ、希望、挫折、、、心の叫び。ラテンアメリカの人々が何を思い歌うのか少しでも感じ取れればと思います。。。

竹村さんのお薦め
Cristina y Hugo - Cancion del derrumbe indio

メルセデス・ソーサは淡々としすぎてるかな。しかし名唱。。

by sylphid-mave | 2010-04-01 06:15 | 音居間Latin | Comments(0)