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sylphid

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Mañana será otro día

2009年 05月 17日 ( 2 )

[ 更新日時:2006/05/19 ] どぶログより転載。。


『ジャズはよく知らない。私は私の音楽をやって来ただけです。』

ジャズもトム・ジョビンの音楽(ボサノバ)も大好きです。
ただ、何となくジャズの優位性というか、ジョビンの音楽(ボサノバ)をジャズの一要素として見なしているような風潮にどうも違和感を感じるのです。
ボサノバはJAZZから生まれた。ボサノバはJAZZの亜流だ。JAZZがいるからボサノバがいる。JAZZはボサノバの生みの親、育ての親だ。JAZZが拾ってやらなかったら、ボサノバなんてどうなっていたかわかりやしない。ボサノバはJAZZに拾われたことを感謝しなくちゃいけない。
チョット言い過ぎのようですがこんな風に思っているように感じるのです。

JAZZもジョビンの音楽も好きなのにいわゆるジャズ・ボッサにあまり興味を持てないのは根っこにそういうものを感じているからなのでしょう。。
スタン・ゲッツなんてジョビンの音楽に出会わなかったら大して上手くもなく魅力もない平凡なサックス吹きだと思うのですが、いかがなモンでしょうか??。彼の得意技はカネ勘定では。。 ジョビンの音楽を見つけこれは儲かるとふみ。レコーディングでのアストラッドの飛び入りヴォーカルに付加価値(商品価値)を見いだす。。実際、アストラッドのヘタウマヴォーカルも一要素として大金を稼いだスタン・ゲッツですが、マネージャーを呼びつけてこういっています『アストラッドには、カネを払うな。彼女は契約外だ。』と。
‘彼女とは契約しとらんけど、儲からせてもろうとるけんいくらか払ろうときやい’って言った方が株も上がるもんだと思うのですけどね。

勿論すてきな演奏もたくさんありますよ。ジョビンがヤノピ弾きなせいか。ヤノピの曲が良いですね。

表題の『ジャズはよく知らない。私は私の音楽をやって来ただけです。』は、
1994年、ヴァーヴ50周年記念コンサートで、ジャズに受けた影響を語らせようとした司会者に対するジョビンの言葉です。
司会者は何度も、ジャズの恩恵について語らせようとします。
が、ジョビンはそれを頑なに拒んだそうです。
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今この本を読んでいます。
「アントニオ・カルロス・ジョビン」-ボサノヴァを創った男-
エレーナ・ジョビン著

この本の解説として山下洋輔の文章が載っています。
(以下、引用です)
―ジャズの人たちは燦然と輝く天才の音をブラジルに発見して夢中になった。
彼がその音楽を最初に創ったのでありそこに勝手にジャズのほうがやってきたのである。「デサフィナード」や「ワンノート・サンバ」はジャズから見てにてはいるが、同じではない、尋常でない音楽だった。ある意味で飛び抜けていた。その音楽に、アメリカのJAZZミュージシャンが惹かれたのだ。ジョビンは自分の曲がジャズミュージシャンに演奏されるについて、何一つ働きかけをしていない。連中が勝手に持っていって、勝手に録音し、勝手に大金を儲けた(印税も払わずに!!)。-


-一人の天才ブラジル人の音楽に、ある日ジャズが接近してきた。それを通じて彼の音楽は世界に広まった。勿論、喜びはあっただろう。と同時に、アメリカ流に変えられていく自分の音楽に、作曲者なのに印税を払ってもらえなかった現実に、あるいはジャズの優位性をとなえる雰囲気などなどに直面して、やがて彼はアメリカに対してジャズに対して違和感を抱いていったのではないだろうか?-
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この文章は
「ピアニストを笑うな!」
山下洋輔著

の中にもあります。
最初にこの文章に触れたのはこっちの本でした。

『ジャズはよく知らない。私は私の音楽をやって来ただけです。』
と、ジョビンが語った時山下洋輔は隣に座っていたそうです。

やっぱ、あの国の人はもう少し謙虚にならなくてはいけない。
だいたいが、よその家の内輪喧嘩にずかずかと図々しく割り込んで仲裁してやったような顔をして火に油を注ぐ。。それに腹を立てて、文句を言うと、「てめえ、俺様に向かって何を言いやがる」と逆切れするっっっっっっと
すみません、話が、それたようです。。(^^;)(^^;)

ジャズとボサノバどちらが上でも下でもないと思うのです。
どちらも、すてきな音楽なのです。
ジョビンだって、多分ジャズ大好きだったろうと思うのです。
ジャズメンの友達だって沢山いたはずです。
「アントニオ・カルロス・ジョビン」-ボサノヴァを創った男-を読み終える頃にはもう少し、ジョビン感、ジャズ・ボサノバ感、変わっているでしょうか。。。。

 では、では。

More戴いたコメント
by sylphid-mave | 2009-05-17 23:00 | 音居間Latin | Comments(0)
[ 更新日時:2006/10/28 ]  どぶログより転載

bolero

ボレリスタ・イブライムを毎日聴いていたら

いつの間にかここ数日同じボレロでもメキシコのボレロを聴いていました。。

多分初めて聴いたボレロは”キサス、キサス、キサス”だと思うキューバのオスバルド・ファレスが1947年に作ったリズミカルなボレロ。題は“多分”とか”まあね”とか言う意味。ファジーに答えたい時に使える言葉。
大好きだった「ザ・ピーナッツ」も歌っていた。。
歌詞(永田 文夫=訳)
いつ、どこで、どうして…と僕が君にたずねるといつも返事する
多分、多分、多分ね…と。
こうして日々が過ぎてゆきボクは望みを失って、君は答える
多分、多分、多分ね…と。
考えて、考えて、君は時間を無駄にする
もっと愛するようになる、そのときまでと考えて…
こうして日々が過ぎてゆき僕は望みを失って君は答える
多分、多分、多分ね…と。

結局、惚れちまった男が、思わせ振りな恋の駆け引きをする女性に翻弄される歌。。
でも、当時中坊だった私には理解不能な歌詞。。

キューバのボレロ、上の“キサス・キサス・キサス”や“キエレメ・ムーチョ”等々に対して、
メキシコのボレロは甘い。
徹底して甘い。。

普段はなにかにつけどんぶりなラテン人なのに、こと恋愛に関わることになると もう「まめ」・緻密・繊細


今、一番のお気に入りは、、続きを読む。。
by sylphid-mave | 2009-05-17 12:39 | 音居間Latin | Comments(0)