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Mañana será otro día

2009年 05月 15日 ( 1 )

c0012819_23552891.jpg小指の先の天使

連作短編集と捉えている方もあるようだけれど、書かれた時期に20年ほどの開きがあるので、連作と言うより同じテーマで書かれた作品を時系列的に並べた作品集といえると思う。
 多分、再々読目くらいかな。
まだ、読んでいる途中だけれど。
チョット一言。
第二話 なんと清浄な街 より《引用》
・・・・自分で住み難くした環境なら、自らの手で元に戻せるはずだ、という考えは身勝手としか言いようがない。自然は人間のために存在するのではないのだ。自然に手を加えることはできるが、その結果は必ずしも人間の思い通りにはいかない。それを認めようとしなかった彼らは、環境の悪化の主原因が自分たちにあると信じるほどに傲慢だった、と言えよう。 環境を保護しよう、という考えのなかにもそれがあるのだ。自然にとっては、人間の存在など、さほど驚異ではない。それは事実なのだ・・・・・

神林作品が好きなのは、共感する部分が多いから、というのも理由のひとつだと思う。
ひょっとすると誤読なのかもしれないけれど、あっ同じ事をいってるって、納得しながら読んでいる
前にも、『地球が怒っている・・』なんて ブログに書いたことがあったけれど、大雨が続いたり酷暑だったり、変な時期に台風が来たり、等々環境が変化しているのが感じられる。。
それは人間にとっては環境の悪化であり、それを招いたのは人間であり文明社会だ、何とかしないといけない問題なのであろう。。
しかしそれは、自然にとっては取るに足らないこと。。チョットばかり変化した環境のバランスを取り直そうとしているだけ。。
青く澄んだ海、白い砂浜、緑の山々、白い雲、青く抜けるような空。人間にとって理想的な環境が、はたして自然にとって(自然に順応した生物を含めて)もあるべき姿なのか・・・・・・。。
それはそうではないと思う。環境がどのように変化しても自然は自然であり生物はそれに順応していく、もしくは淘汰されていく。。

環境に順応できない、種として脆弱な存在である人間が自らの都合が良いように自然を保護しよう(テラフォーミング)しようと考えるのは思い上がりでしかない。。

その思い上がりを捨てないと本当にこの小説のような世界がやってくるかもしれない。。
[ 更新日時:2006/08/27 15:11 ] どぶログより転載。。
by sylphid-mave | 2009-05-15 12:11 | 神林長平 | Comments(0)