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土形娘子を泊瀬の山に火葬りし時、柿本朝臣人麻呂の作れる歌

ドブログから人麻呂ネタを順次転載しています。
季節感がちぐはぐになるかもしれませんがご勘弁を。。
あと、興味の無い方は是非スルーを  ペコリ・・


土形娘子(ひじかたのをとめ)を泊瀬の山に火葬(やきはふ)りし時、柿本朝臣人麻呂の作れる歌一首

428 隠口(こもりく)の泊瀬の山の山の際(ま)にいさよふ雲は妹にかもあらむ

--戀歌と言いながら挽歌が続きます。。m(_ _)m
--戀する人の挽歌なのでこれも恋歌だと。。
ここで、人麻呂は土形娘子を妹(妻)だとはっきりいっています。
土形娘子は持統の行幸にもほとんどのように随行し、軽皇子にも仕えた女官。
以前にもふれた人麻呂の最初の吉野行幸の際に恋に落ちた(月並みな表現だなぁ)隠りたる妻が土形娘子であることがここでわかりますね。

前記事の泣血哀慟歌の我妹子とこの土形娘子は同一人物だと思います。
十数年相思相愛の中だった土形娘子は何故人目を忍ぶ仲(隠りたる妻)だったのでしょうか。いろんな仮説、憶測があるようです。
土形娘子は軽の宮で草壁皇子、軽皇子に仕える女官でその女官とと密通してしまったから。とか なかには人麻呂は持統の愛人でにもかかわらず不倫してしまった。なんて突飛な話しもあるようです。(--これって凄い話ですよね。天皇が愛人作ってその愛人が天皇の側近と不倫しているわけです。。でも欧州あたりだと似たような話もありそうな・・・・--)

人麻呂の妻は何人いたのか。どうも一人じゃないようですね。
これも多説あるようですが、3人じゃないかなぁと思っています。
そしてこの時期は二人の妻がいたんじゃないかな。
この土形娘子(隠りたる妻)と羽易娘子(家の妻)、二人の妻を同時期に亡くしています、それも二人とも自殺。そしてその原因は人麻呂にある。

この辺のことはまた、追って。。

記事は、主に
 1,秘められた挽歌-柿本人麻呂と高市皇子
 2,無冠の恋歌
 末田 重幸著 講談社
 の2冊を、参考にさせてもらっています。
歌とその歌意については、
 できるだけそのまま写させてもらっています
ただ私の文章については、歌の解釈歴史的背景その他に誤りが多々あるかと思います。
決してお勉強のご参考にはなさらないよう
伏してお願い申し上げます。<(_ _)>
[ 更新日時:2006/09/01 22:12 ]
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by sylphid-mave | 2008-04-30 23:37 | 柿本人麻呂 | Comments(0)