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高市皇子尊の城上殯宮の時、柿本朝臣人麻呂の作れる歌

持統十年(696年)、
 秋、七月辛丑朔日(ふみつきかのとうしとらのついたち)。日蝕有り。・・・・・・・・庚犬(かのえいぬ)。後皇子尊(のちのみこのみこと)薨(まかり)ぬ。
高市皇子は国見の帰路何者かの手によって暗殺されます。
何者かは、たぶん持統天皇でしょう。 持統は実子草壁皇子のライバル大津皇子を謀殺し、次に孫の軽皇子のライバル高市皇子を暗殺したのです。たぶん謀臣藤原不比等に命じたのでしょう。女帝の執念怖いですねぇ。
この《高市皇子尊の城上の殯宮の時、柿本朝臣人麻呂の作れる歌 》 は公式の挽歌で人麻呂の挽歌としても大作です。
でも人麻呂の高市皇子への想いを思うと何か形通りのありきたり歌のように思えます。
何故でしょう。やっぱり持統も目にする公の歌ですからねぇ、差し障りのないこういう歌になるんでしょうねぇ。そうはいっても流石人麻呂の代表作。大作です。



高市皇子尊(たけちのみこの)尊(みこと)の城上(きのへ)の殯宮(あらきのみや)の時、柿本朝臣人麻呂の作れる歌一首並びに短歌
かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやにかしこき 明日香の 真神(まがみ)の原に ひさかたの 天つ御門(みかど)を かしこくも 定めたまひて 神(かむ)さぶと 磐隠(いはかく)ります やすみしし わが大王の きこしめす 背面(そとも)の国の 真木たつ 不破山越えて 高麗剣(こまつるぎ) わざみがはらの 行宮(かりみや)に 天降(あも)りいまして 天の下 治めたまひ 食国(をすくに)を 定めたまふと 鳥が鳴く 吾妻の国の 御軍士(みいくさ)を 召したまひて ちはやぶる 人を和(やは)せと まつろはぬ 国を治めと 皇子ながら 任(ま)けたまへば 大御身(おおみみ)に 太刀取り帯(は)かし 大御手に 弓取り持たし 御軍士を あどもひたまひ 斉(ととの)ふる 鼓(つづみ)の音は 雷(いかづち)の 声と聞くまで 吹き響(な)せる 小角(くだ)の音も 敵(あた)見たる 虎か吼ゆると 諸人(もろひと)の おびゆるまでに ささげたる 幡(はた)のなびきは 冬ごもり 春さり来れば 野ごとに 著(つ)きてある火の 風の共(むた) なびくがごとく 取り持てる 弓弭(ゆはず)の騒(さわぎ) み雪降る 冬の林に 飄風(つむじかぜ)かも い巻き渡ると 思ふまで 聞(きき)の恐(かしこ)く 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来(きた)れ まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消(け)なば消(け)ぬべく 去(い)く鳥の あらそふ間(はし)に 渡会(わたらひ)の 斎宮(いつきのみや)ゆ 神風(かむかぜ)に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇(とこやみ)に 覆(おほ)ひたまひて 定めてし 瑞穂(みづほ)の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし わが大王の 天の下 申し給へば 万世(よろずよ)に 然しもあらむと 木綿花(ゆふはな)の 栄ゆる時に わが大王 皇子の御門を 神宮(かむみや)に 装(よそ)ひまつりて つかはしし 御門の人も 白たへの 麻ごろも著(き) 埴安の 御門の原に 茜さす 日のことごと 鹿(しし)じもの い匍(は)ひ伏しつつ ぬばたまの 夕べに至(な)れば 大殿を 振り放(さ)け見つつ うづらなす い匍(は)ひもとほり 侍(さもら)へど さもらひ得ねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 憶(おも)ひも いまだ尽きねば 言(こと)さへく 百済の原ゆ 神葬(かむはふ)り 葬(はふ)りいまして 朝裳(も)よし 木上(きのえ)の宮を 常宮(とこみや)と 高くしまつりて 神ながら 鎮まりましぬ 然れども わが大王の 万世(よろづよ)と 念(おも)ほしめして 作らしし 香具山の宮 万世に 過ぎむと念(も)へや 天(あめ)のごと 振り放(さ)け見つつ 玉たすき 懸けて偲(しの)はむ 恐(かしこ)かれども
短歌二首
200 ひさかたの天(あめ)しらしぬる君ゆゑに日月も知らに恋ひわたるかも
201 埴安の池の堤の隠沼(こもりぬ)の去(い)く方(へ)を知らに舎人は惑ふ
〈199〉 言葉にするのも慎みたく、言うこともまことに恐れ多い。明日香の真神の原に永久の宮居(大内陵)を定められ、神々しくお鎮まりになっている天皇(天武)の、ご統治なされる北方の、杉檜がこんもり茂る不破山を越えて、高麗剣(こまつるぎ)をきらきらと帯び佩(は)かして、わざみがはらの行宮にお立ちになり、天下を平定なさろうと東国の軍士を招集して、反逆する者をなびかせ、従わぬ国を治めようと、皇子の身で自ら任にあたられたので、身には太刀を帯び、手には弓を取り、軍士を率いられて、軍列を整える鼓の音は、雷の音と聞くほど、吹き鳴らす軍笛の音も、敵を見て虎がほゆるかと諸人がおびえるほどに、軍士のもつ旗のなびくさまは、春になっていたるところに、野焼の火が風とともに燃え上がるように、もっている弓弭は騒いで、 雪の林に旋風が吹き巻くかと思うほど、聞くも恐ろしく、引き放つ矢のはげしさは、大雪が乱れ降るありさま。あくまで抵抗する者も、露霜と消えれば消えよと、競い争ううちに、伊勢の渡会の斎宮より吹く神風に、天雲を吹き惑わし、日も見えぬほどの暗闇におおうて、見分けもつかぬ混戦のうちから、やっと平定された瑞穂の国を、神として統治なさり、わが高市皇子が天下の政治を執行されるようになって、いつまでもこのようであろうと、木綿(ゆう)花の開くように栄えているときに、わが高市皇子の宮殿を祭殿に装いして、仕えている御殿の人びとも、白い麻の喪服を着て、埴安の御殿の原に、終日、鹿のように這い匍(は)い伏しつつ、夕べには、壮大な御殿をふり仰ぎつつ、鶉(うずら)のように往ったり来たりして、伺候(しこう)してはいるが、耐えきれないで、うぐいすが啼くように泣きさまよっている。嘆きもまだ過ぎやらぬうちに、憶いも尽きないのに、言騒(ことさえ)く百済の原より、神として葬り申し上げ、朝裳よし城上(きのへ)の宮を、永久の宮居として壮大に造営され、神となってお鎮まりになった。しかしながら、わが高市皇子が、万代までもと念(おも)って作られた香具山の宮殿が、永久に朽ち果てることがあると思うか。天を仰ぐようにふりかえり仰いで見ながら、心にかけてお偲びしよう。恐れ多いことだが。
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by sylphid-mave | 2005-10-15 18:31 | 柿本人麻呂 | Comments(0)