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sylphid

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Mañana será otro día

saudade

saudadeって。

引用
saudade
ブラジル音楽を聴く上でぜひ理解しておきたい感情。
日本では「郷愁」と訳されることが多い。確かにポルトガルのポルトガル語では、サウダーデと発音し、懐かしさややるせない想いをさす言葉であるが、ブラジルではサウダージと発音するのが一般的で、もっと切実な思慕感覚をさし、この情感には必ず涙がともなう。それはアフリカから無理矢理つれてこられた人たちが、故郷や家族を思う心情がブラジルのサウダージの原点にあるからで、この点でポルトガルのサウダーデとはポルトガル語の綴りは、一緒でも質を異にする。
 地理的な距離は遠くてどうにもならないが、心のなかでは至近の距離にあるもの、というより片時も忘れられない対象への焼け付くような想いがサウダージである。
 それが現代では、なんらかの理由で離ればなれになっている夫婦、愛人、恋人への切々たる想いにもサウダージが転用され、歌にもひんぱんに登場する。またサンバやサンバ・カンサゥンの底流にあるやるせない情感もまたサウダージであり、いわばブラジル音楽を理解する上できわめて重要な情感といえる。
引用終わり 《ラテン音楽 名曲 名演 名唱 ベスト100 竹村 淳著》より

サウダージをじぶんの言葉で表現してみようと思ったのですが、チョット無理そう。
竹村さんの本から引用させていただきました。
私たちにはサウダージの雰囲気を感じることはできても心でわかることは難しいのでは。
先日、紹介した「俺はサンバ」の歌詞も同様の想いが根底にあるのかもしれません。

まぁ。何となくサウダージを感じられるような気になって、
サンバやボッサをいいなぁって聴ければそれはそれでいいのではと思います。

想いあふれて〈Chega de saudade〉
曲 アントニオ・カルロス・ジョビン
詩 ヴィニシウス・ジ・モライス
歌 ジョアン・ジルベルト

1958年、ボサノバ第1号。タイトルを直訳すると「サウダージなんてもう沢山だぁ!!」て意味らしいです。
1958年・・わたし、ボッサと同級生?

PS.ここまで記事をあげて最後にChega de saudadeの試聴のリンクを貼ろうとしたのですが、オリジナルの試聴が見つからない。CD化されていないからだろうか、joaoとjobimにこだわらなければ聴けるので興味のある方は聴いてみてください。TSUTAYAonlineにもありました。

録音時期が違うようですがここにありました
by sylphid-mave | 2005-06-21 23:27 | 音居間Latin | Comments(2)
Commented by TonyKei at 2005-06-23 00:07 x
どうもありがとうございました。音楽のジャンルとしてもあるようですね、ブラジルに。
ああ、やっぱりそこに行きつくのかって思いました。結局は黒人ンなら皆が持つ感情なのでしょうか?
ジャマイカのラスタファリズム、古くはジャズ、ブルースを生んだ感情にも?
ああ、でもこの曲は知ってます「想いあふれて」ボッサ1号。あれナンダ、ここにsaudadeって入ってたんですねw
こんどこれ記事にしますね、ああサウダージですよ、サウダージ!
Karさんとボッサ誕生年が同じってことも含めて(笑
Commented by sylphid-mave at 2005-06-23 19:00
chega de saudadeの英語版は「ノー・モア・ブルース」。だそうです。
アメリカ人にとってのサウダージは「ブルース」ってことでしょうか。
日本人には???
ところで、
前述の「竹村さんの本」でエリック・ゲイルが「高橋竹山のギターには泣けたよ。あれは日本のブルースだ。他人のギターを聴いて泣いたのはアルセニオ以来だ」っていってるくだりがあります。
ってことは津軽三味線は日本人のサウダージ?(チョット飛躍しすぎ(^o^))
久しぶりに高橋竹山が聴きたくなってきたぁ。(^O^)

記事楽しみにしています。
>Karさんとボッサ誕生年が同じってこと
もちろんわたしだけじゃないですよね(笑
By kar