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sylphid

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Mañana será otro día

天地(宇宙)の創造主が神であるならば。

天地(宇宙)の創造主が神であるならば。

戯れ言の続きです。

神は-少なくとも、人間がその姿・存在を表現しうる神は-
・・・・・いないと、思うわけですが。

では、この世界は・宇宙は誰が創ったの。と、考えると、ひょっとしたら天地創造の主はいるんじゃないかとも、思えるのです。

宇宙は、どうしてあるの?
そんなもん。最初からあるけんあるったい。といってしまえば、それまで。
『天地創造は誰がした』なんてややこしいことも考えなくても良いのです。
しかし、
宇宙は、ビッグ・バンにより生まれ膨張し続けている。
なんて、聞かされると。
えぇぇぇ、じゃぁ、宇宙の外側は何なの?
ビッグ・バンの前は、何があったの、って気にせんで良いことが気になったりする訳です。

宇宙の誕生にきっかけがあるとすれば、それこそが『神の御業』なのでは。

と、
まぁ、
若い頃は、そんなことにも徒然思いを巡らせたりしたものでした。
で、辿り着いたのは、

《宇宙誕生は、夏休みの自由研究説》 by kar。


つまり。
ある夏休み、ある子が、夏休みの工作にと、ジオラマというか箱庭というか模型を造りました。
その模型が、この宇宙であり、
その時、ビッグ・バンは起こった。
そして、その子こそが、この宇宙の創造主=神。
という説。

神は今、自分が造った宇宙が刻々変化し大きくなっていくのを楽しそうに眺めている。

で、
夏休みが終わって、神は学校に工作の《宇宙》を持っていきます。
先生や友達に見せて家に持って帰った頃には、工作にも興味を無くしてしまう。
お母さんからも、段々大きくなってきて邪魔だよっと言われる。
工作に飽きた神は《宇宙》をグシャっと潰して捨ててしまう。
そして、 the end. 終末の日。

夏休みも、もうすぐ、終わりなのかもしれません。
いつか、空から、大きな神の指が降りてくるかも。ですね。


c0012819_12405962.jpg大学の頃だったかなぁ。
ディックの「世界をわが手に(The trouble with Bubbles)」を読んだ時はちっと驚きました。そのアイデアがとてもよく似ていたので。
ひょっとしたら、自分もディックのようなSF作家になれるんじゃないかと、
ほんの少し思ったりしたものでした。
・・・・・・「世界をわが手に(The trouble with Bubbles)」は、この短編集に入っています。トータル・リコールの原作もあります。・・・・・・

そういえば、ドラえもんのポケットにも同じようなのが入っていたなぁ。。。。。。


神は、私たち人間に救いの手をさしのべるものでも、
天罰を下すものでもありません。

信じるものは救われると思うのは人間のおごりでしかない。
神にとって人間もミジンコも石ころも同じものなのですから。

「私たち人類にとって、
 もっとも大きな苦痛は、人間関係によってもたらされるものであり、
 それから救ってくれるのも、また、人間」
だと神林長平も言っています。

ごちゃごちゃ言う前に、「ありがとう」と言いましょう。
隣の人に手を差し出しましょう。。
・・・・・・と、思ったりもするのです。
 では、では。

[ 更新日時:2006/04/29 18:41 ]どぶログ転載
by sylphid-mave | 2009-05-02 00:54 | ぶつぶつ戯言独り言 | Comments(0)