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タグ:万葉集 ( 40 ) タグの人気記事

人麻呂転載これが最後になります。。
4月から10ヶ月ほどおやすみしていましたどぶログも再開しようかな。なんて思ってます。。
ぼやきのブログになるぁもしれませんが・・・・
人麻呂ネタもエントリしなくちゃですね。。

2006/12/16のBlog
あんまり放っていると忘れられそうなので、
番外編。。

恋の歌たっぷりの巻十一から、比喩歌。

万葉人の歌のやりとりというのは、今で言う携帯メールみたいなものだったのでしょう。きっと。。

巻 十一
譬喩 戀をよろつの物にたとへし哥也
 
2828 くれなゐのこそめのきぬを下にきはひとの見らくににほひいてんかも
 紅之深染乃衣乎下著者人之見久尓仁寳比將出鴨

2829 ころもしもおほくあらなん取かへてきてはやきみかおもわすれせん
 衣霜多在南取易而著者也君之面忘而有

当時は、通い婚。男が女の元に通い、翌朝下着を取り替えて別れるというなかなかナイスな風習がありました。それをふまえて。。。。

2828 (しばらく、妹の元へ通っていない男が、)今でも君の真っ赤な下着を身につけているので透けてみえやしないかと心配だよ。。
・・・・と、歌を送る。。

2829 (送られた女性から男性へ)私の着ているあなたの下着は他の女性のものだったようで、それを着ていたらあなたの顔なんか忘れちまったわよ。プンプン。。
・・・・と、メールを返信する。。

人麻呂と土形娘子との関係もそうですが
今も昔も女性は強い。。 ホントニ。。
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記事は、主に
 1,秘められた挽歌-柿本人麻呂と高市皇子
 2,無冠の恋歌
 末田 重幸著
 講談社
 の2冊を、参考にさせてもらっています。
もし、興味をお持ちになられた方がいたら、読まれてみてはと思います。。
ただ私の文章については、歌の解釈歴史的背景その他に誤りが多々あるかと思いますので、間違っても決してお勉強のご参考にはなさらないよう
伏してお願い申し上げます。<(_ _)>
[ 更新日時:2006/12/16 14:55 ]
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by sylphid-mave | 2009-02-03 23:27 | 柿本人麻呂 | Comments(0)
ここのところ、少々忙しすぎ。。
Blogの更新も、飛行機作る暇もない。。
そういえば2週間ほど飛行機飛ばしてないなぁ。。。
人麻呂転載の続きです。。

2006/11/03のBlog
問答歌(とひこたへのうた)
3305 物思(も)はず 道行きなむも 春山を 振り放け見れば
  躑躅花 にほひ処女(をとめ) 桜花 栄え処女
  汝(な)をそも 吾(あ)に寄すちふ 吾(あ)をそも 汝に寄すちふ
  荒山も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ
  (物不念 道行去毛 青山乎 振放見者 
  茵花 香未通女 櫻花 盛未通女 
  汝乎曽母 吾丹依云 吾・毛曽 汝丹依云 荒山毛 
  人師依者 余所留跡序云 汝心勤)

反し歌
3306 如何にして恋やむものぞ天地の神を祈れど吾(あ)は思ひ益す
(何為而 戀止物序 天地乃 神乎・迹 吾八思益)

3307 しかれこそ 年の八年(やとせ)を 切る髪の 我が肩を過ぎ
  橘の ほつ枝を過ぎて この川の 下にも長く 汝(な)が心待て
  (然有社 年乃八歳・ 鑚髪乃 吾同子・過 
橘 末枝乎過而 此河能 下文長 汝情待)
反し歌
3308 天地の神をも吾(あれ)は祈りてき恋ちふものはああ止まずけり
  (天地之 神尾母吾者 ・而寸 戀云物者 都不止来)

柿本朝臣人麿が集(うたのふみ)の歌に云く
3309  物思(も)はず 道行きなむも 春山を 振り放け見れば
  躑躅花(つつじはな) にほえ処女(をとめ) 桜花 栄え処女
  汝(な)をぞも 吾(あ)に寄すちふ 吾(あ)をぞも 汝に寄すちふ
  汝は如何に思(も)ふや 思へこそ 年の八年(やとせ)を
  切る髪の 吾(あ)が肩を過ぎ 橘の ほつ枝を過ぐり
  この川の 下にも長く 汝(な)が心待て
  (物不念 路行去裳 青山乎 振酒見者 
  都追慈花 尓太遥越賣 作樂花 佐可遥越賣 
  汝乎叙母 吾尓依云 吾乎叙物 汝尓依云 
  汝者如何念也 念社 歳八年乎 斬髪 与知子乎過 
  橘之 末枝乎須具里 此川之 下母長久 汝心待)

(3305) 考え事もせず道を行っても、青い春の山を振り返れば、
つつじ花が咲きにおうような彼女を思い、桜花が満開で咲いているような娘女を思う。
そんなあなたをわたしに引き寄せると言う。わたしをあなたに引き寄せるという。
(だが)荒山でも人が心を寄せれば、山も人に心を寄せると言うことだ。
あなたの心をゆめ(決してわたしから離さないように)

(3306) どうしたら恋しく思う心がやむものかと、天地の神を祈ったけれど、
わたしの思いは増すばかりだ。

(3307) そうだからこそ、8年の年月を、子供ならば断髪姿の稚児を過ぎる年頃になる、
長くのびた橘の末枝ほどの年月を過ごしてきた。
この川が下流に長くつづくように、あなたも気長に待ちなさい。

(3308) 天地の神をさえわたしは祈りました。恋というものは、
ああ、ほんとにやまないものだ。
(3309) 前述にほぼ同じ。。

問答五首のうち、はじめの二首が人麻呂の、つづく二首が妻土形娘子の作。
終わりの長歌一首は人麻呂が先の長歌二首を組み合わせて一首にしたもの。

>つつじ花 にほひ処女(をとめ) 桜花 栄え処女
 (茵花 香未通女 櫻花 盛未通女 )
人麻呂は娘子の匂うばかりの艶(あで)やかさをうたい、

>如何にして恋やむものぞ天地の神を祈れど吾(あ)は思ひ益す
どうしたら恋がやむかと神に祈っても思いは増すばかりだと歌う。

それに答えて娘子も8年の歳月を思いながら
>天地の神をも吾(あれ)は祈りてき恋ちふものはああ止まずけり
恋情の止み難きを(ああ止まずけり)と溜息混じりに歌う。。

この問答歌を作る動機はお互いの恋情を確かめ合うことだったのでしょう。
この問答歌には作歌時期を示唆する語句があります、それによるとふたりの邂逅から8年を経過した春のことだったようです。
二人が出会ったのは草壁皇子没の頃だったでしょうからこの歌は698年頃の作。
8年もの間お互いの恋情を歌にし続けることが出来るのは、この恋が叶わぬ恋だったからでしょうか。。。。
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前回も書きましたが、ひらがながない時代だったので、漢字で書かれています。
但しそれは漢文ではなく大和言葉を漢字に当てたもの。
面白い表記が色々ありますが、
「おとめ」を「未通女」と書き表すのはなんだかいかにも万葉的。。
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記事は、主に
 1,秘められた挽歌-柿本人麻呂と高市皇子
 2,無冠の恋歌
 末田 重幸著
 講談社
 の2冊を、参考にさせてもらっています。
もし、興味をお持ちになられた方がいたら、読まれてみてはと思います。。
ただ私の文章については、歌の解釈歴史的背景その他に誤りが多々あるかと思いますので、間違っても決してお勉強のご参考にはなさらないよう
伏してお願い申し上げます。<(_ _)>
[ 更新日時:2006/11/04 08:45 ]
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by sylphid-mave | 2008-11-13 23:45 | 柿本人麻呂 | Comments(2)
二つなき恋をしすれば常の帯を三重結ぶべく我が身はなりぬ
五十路を過ぎてどっぷりとメタボ体型に移りゆく私は常の帯では足りなくなって、
ベルトを買い直しました。
20代前半までは26インチ、30代までは27インチのリーバイスがはけたのですが、
・・・・・・・・・・
人麻呂転載の続きです。

2006/11/02のBlog
巻十三 相聞
一首并短歌 作者未詳
3272 うちはへて 思ひし小野は 遠からぬ その里人(さどひと)の
 標(しめ)結(ゆ)ふと 聞きてし日より 立てらくの たづきも知らに
 居(を)らくの 奥処(おくか)も知らず 親(にき)びにし わが家すらを
 草枕 旅寝(たびね)のごとく 思ふそら 安からぬものを
 嘆くそら 過ごし得ぬものを 天雲(あまくも)の 行くも暮れ暮(ぐ)れ
 葦垣の 思ひ乱れて 乱れ麻(を)の 麻笥(をけ)を無みと
 わが恋ふる 千重の一重も 人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして
 (打延而 思之小野者 不遠 其里人之 標結等 聞手師日従 立良久乃 
 田付毛不知 居久乃 於久鴨不知 親之 己之家尚乎 草枕 客宿之如久 
 思空 不安物乎 嗟空 過之不得物乎 天雲之 行莫〃 蘆垣乃 思乱而 
 乱麻乃 麻笥乎無登 吾戀流 千重乃一重母 
 人不令知 本名也戀牟 氣之緒尓為而) 

反し歌
3273 二つなき恋をしすれば常の帯を三重結ぶべく我が身はなりぬ
 (二無 戀乎思為者 常帶乎 三重可結 我身者成)
一首并短歌 作者未詳 
3274 せむ術(すべ)の たづきを知らに 石(いは)が根の 凝(こご)しき道を 石床の 
 根延(は)へる門(かど)を 朝(あした)には 出で居て嘆き 夕べには 入り居て思ひ
 白たへの 我が衣袖(ころもで)を 折り返し 独りし寝(ぬ)れば 
 ぬば玉の 黒髪敷きて 人の寝(ぬ)る 味眠(うまい)は寝ずて 
 大舟の ゆくらゆくらに 思ひつつ 吾(あ)が寝(ぬ)る夜らを
 数(よ)みもあへむかも
 (為須部乃 田付・不知 石根乃 興凝敷道乎 石床笶 根延門・ 
 朝庭 出居而嘆 夕庭 入居而思 白栲乃 吾衣袖・ 折反 獨之寐者 
 野干玉 黒髪布而 人寐 味眠不睡而 大舟乃 徃良行羅二 
 思乍 吾睡夜等呼 讀文将敢鴨)

反し歌
3275 一人寝(ぬ)る夜を数へむと思へども恋の繁きに情利(こころと)もなし
 (一眠 夜算跡 雖思 戀茂二 情利文梨)

贈歌
(3272) うちひろがっている野とのみ思っていた(軽)の小野は、ほど近いその里人(軽の里に住む土形娘子)が標(しめ)を結んで待っていると聞いた日から、わけもなく、
いてもたってもいられなくなり、住み慣れたわが家さえも、旅の宿のように感じられ、
思う心は安らかでなく、嘆く思いを遣(や)りようもないでいるものを。
空の雲が移りゆくのを見ても心は滅入り、蘆垣(あしがき)のように思いは乱れて、乱れた麻(お)をととのえる麻笥(おけ)もない(乱れる心をおさめる司=官職もない)。我が戀の思いの千の一つも、人には言わず、たとい虚しかろうとも恋していこう。これを生き甲斐にして。

(3273) 二つとない戀をするので、帯を三重に巻いて結ぶほど、我が身はやせ細ってしまった。 

答歌
(3274) どうしてよいかわからず、石敷きのごつごつの道を、石床のどっしりした門を、朝には出てみて嘆き、夕方には、入ってあなたを思い、白い衣の袖を折り返してひとりで寝るので、
黒髪を敷いて寝ても、他の人が寝るほどぐっすりは眠れず、大舟の揺れるように、
あれこれと思いながら、わたしが寝る夜々を、数えきることが出来ようか。
(3275) ひとり寝る夜を数えようと思うけれど、恋しさが募って、わたしの心はしっかりしない。

4首とも作者未詳ですが、人麻呂と土形娘子との相聞歌として、、、
来て欲しいといわれ、会いに行きたいのにそれもままならず、心ここにあらず、わが家さえ旅宿のような人麻呂。
朝に夕に待ち続けひとり眠れぬ夜を過ごす土形娘子。
もう、本当に(せむ術の たづきを知らに)の状態。。
この頃って人麻呂の家には羽易娘子(家の妻)はまだいなかったのだろうか。
もしいたとしたら、(わが家すらを 草枕 旅寝(たびね)のごとく)思うのは、いかがなものかと。。
いやぁ。情熱的な人たちで。。。
それにしても、ひらがながなかった時代だとはいえ、もろに当て字ですね。
(朝庭ってなんだろと思ったら ・・朝には・・だって。。)
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 1,秘められた挽歌-柿本人麻呂と高市皇子
 2,無冠の恋歌
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[ 更新日時:2006/11/02 07:11 ]
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by sylphid-mave | 2008-11-08 11:07 | 柿本人麻呂 | Comments(0)
人麻呂ネタ転載の続きです。。
春の相聞歌。
季節が真逆ですみません。。
急に涼しくなってきて、もうすでに春のぽかぽかが恋しい自転車通勤の朝です。。

2006/10/24のBlog
春ノ相聞
 七首 柿本朝臣人麻呂
1890 春日野に鳴く鴬の泣き別れ帰ります間も思ほせ吾(あれ)を
      春日野犬鴬鳴別眷益間思御吾

1891 冬こもり春咲く花を手折り持ち千たびの限り恋ひ渡るかも
      冬隠春開花手折以千遍限戀渡鴨

1892 春山の霧に惑へる鴬も吾(あれ)にまさりて物思はめや
      春山霧惑在鴬我益物念哉

1893 出でて見る向ひの岡に本繁く咲ける毛桃のならずはやまじ
      出見向岡本繁開在花不成不止

1894 霞立つ永き春日を恋ひ暮らし夜も更けゆきて妹に逢へるかも
      霞發春永日戀暮夜深去妹相鴨

1895 春さればまづ三枝(さきくさ)の幸(さき)くあらば後にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも)
       春去先三枝幸命在後相莫戀吾妹

1896 春されば垂(しだ)る柳のとををにも妹に心に乗りにけるかも
       春去為垂柳十緒妹心乗在鴨

前述の(万葉集 巻十一 正述心緒)でも何首か人麻呂の恋歌を書きましたが、
万葉集にはここにもそこにも、いったい何首あるのってほど人麻呂恋歌が載っているようです。ヒマだったんでしょうね。この、春の相聞もそんな歌群のひとつでしょう。
この中の(1894)が当時無官でヒマをもてあましていた人麻呂の心境をよく表しているような。。。

1894 霞立つ永き春日を恋ひ暮らし夜も更けゆきて妹に逢へるかも
(昼間は春霞のようにぼうっと戀暮らし、夜になったら妹にあえるぞっ。)kar意訳ヘヘ。

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記事は、主に
 1,秘められた挽歌-柿本人麻呂と高市皇子
 2,無冠の恋歌
 末田 重幸著
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[ 更新日時:2006/10/24 07:45 ]
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by sylphid-mave | 2008-11-05 07:30 | 柿本人麻呂 | Comments(0)
どぶログ
2006/10/21のBlogより転載・・・・・・

万葉集 巻十一 
正述心緒 一百四十九首のうち 柿本朝臣人麻呂四十七首
心緒(おもい)は心におもふ事 さて心に思うこととは。
2368 たらちねの母が手離れかくばかり
      すべなきことはいまだせなくに
 垂乳根乃母之手放如是許無為便事者未為國
 (こんなにどうしようもない想いは、生まれて初めてです。。。)

2369 人の寝(ぬ)る味寐(うまい)は寝ずてはしきやし
      君が目すらを欲りて嘆くも
 人所寐味宿不寐早敷八四公目尚欲嘆 公矣思尓暁来鴨
 (人並みにあなたと共寝することも出来ない、
  愛しい あなたの目だけでも見ていたいと、嘆くだけ)

2370 恋ひしなば恋ひも死ねとや玉ほこの
      道行き人に言も告げなき
     戀死戀死耶玉鉾路行人事告兼
     (戀死するならお勝手に。。)
 
2371 心には千たび思へど人に言はず
        吾(あ)が恋ふ妹を見むよしもがも
     心千遍雖念人不云吾戀[人偏+麗]見依鴨

2372 かくばかり恋ひむものそと知らませば
       遠く見つべくありけるものを
        是量戀物知者遠可見有物

2373 いつはしも恋ひぬ時とはあらねども
      夕かたまけて恋ふはすべなし
        何時不戀時雖不有夕方枉戀無乏

2374 かくのみし恋ひし渡れば玉きはる
       命も知らず年は経につつ
        是耳戀度玉切不知命歳經管

2375 吾(あれ)ゆ後生まれむ人は吾(あ)がごとく
        恋する道に逢ひこすなゆめ
       吾以後所生人如我戀為道相與勿湯目

2376 ますらをの現心(うつしこころ)も吾(あれ)はなし
        夜昼といはず恋ひし渡れば
       健男現心吾無夜晝不云戀度

2377 何せむに命継ぎけむ我妹子に
        恋ひざる先にも死なましものを
       何為命継吾妹不戀前死物

2378 よしゑやし来まさぬ君を何せむに
       いとはず吾(あれ)は恋ひつつ居らむ
      吉恵哉不来座公何為不厭吾戀乍居

2379 見渡しの近き渡りを廻(たもとほ)り
       今や来ますと恋ひつつそ居る
      見度近渡乎廻今哉來座戀居

2380 はしきやし誰が障(さ)ふれかも玉ほこの
       道見忘れて君が来まさぬ
      早敷哉誰障(イさふる)鴨玉桙路見遺公不來座

2381 君が目の見まく欲しけみこの二夜
      千年(ちとせ)のごとも吾(あ)が恋ふるかも
     公目見欲是二夜千歳如吾戀哉

2382 うち日さす宮道を人は満ち行けど
      吾(あ)が思(も)ふ君はただ一人のみ
      打日刺宮道人雖満行吾念公正一人

2383 世の中は常かくのみと思へども
      はてはわすれすなほ恋ひにけり
     世中常如雖念半手不忘猶戀在

2384 我が背子は幸(さき)くいますと度まねく
      吾(あれ)に告げつつ人も来ぬかも
     我勢古波幸座還來我告來人來鴨

2385 あら玉のいつとせ経れど吾(あ)が恋ふる
      跡なき恋のやまぬあやしも
     麁玉五年雖經吾戀跡無戀不止恠

2386 巌(いはほ)すら行き通るべきますらをも
       恋ちふことは後悔いにけり
     石尚行應通建男戀云事後悔在

2387 日暮れなば人知りぬべみ今日の日の
      千年のごとくありこせぬかも
     日低人可知今日如千歳有與鴨

2388 立ちて居てたどきも知らず思へども
      妹に告げねば間使も来ず
    立座態不知雖念妹不告間使不來

2389 ぬば玉のこの夜な明けそ赤らびく
      朝行く君を待てば苦しも
     烏玉是夜莫明朱引(イあけゆけは)朝行公待苦

2390 恋するに死にするものにあらませば
       我が身は千たび死にかへらまし
      戀為死為物有我身千遍死反

2391 たまゆらに昨日の夕へ見しものを
      今日の朝(あした)に恋ふべきものか
    玉響昨夕見物今朝可戀物
     (昨夜逢ったばかりなのに、今朝はもうこんなに恋しい)

2392 なかなかに見ざりしよりは相見ては
       恋しき心いよよ思ほゆ
     中不見有從相見戀心益念

2393 玉ほこの道行かずしてあらませば
      ねもころかかる恋には逢はじ
     玉桙道不行為有者惻隠此有戀不相

2394 朝影に我が身はなりぬ玉かぎる
      ほのかに見えて去にし子ゆゑに
     朝影吾身成玉垣入風所見去子故
 (淡くはかない影のように、私の身はやせてしまった。一目見たあの娘のせいで。)

2395 行けど行けど逢はぬ妹ゆゑ久かたの
      天の露霜に濡れにけるかも
     行行不相妹故久方天露霜沾在哉
 (何度行っても逢ってくれないあの娘のせいで、雨の露霜に濡れてしまいました。)

2396 たまさかに我が見し人をいかならむ
      よしをもちてかまた一目見む
    玉坂吾見人何有依以亦一目見
    (偶然に見たあの人、また一目見ることができるでしょうか。)

2397 しましくも見ぬば恋しき我妹子を
      日に日に来れば言の繁けく
     暫不見戀吾妹日日來事繁

2398 玉きはる世まで定めて恃めたる
      君によりてし言の繁けく
     年切及世定特公依事繁

2399 赤らびく肌も触れずて寝たれども
      こゝろをことに吾(あ)が思(も)はなくに
       朱引秦不經雖寐心累我不思
 (お前の膚にも触れずに独り寝したが、
     それでも心変わりをするようなことはないよ。)

2400 いていかにきはみはなはたとこゝろの
       うするまでおもふこふらくのゆへ
      伊田何極太甚利心及失念戀故
   (私の心は戀でいっぱいです。なんにも出来ません。
              わかりません。。)

2401 恋ひ死なば恋ひも死ねとや我妹子が
       我家(わぎへ)の門を過ぎて行くらむ
     戀死戀死哉我妹吾家門過行
 (恋死するなら勝手にどうぞと、おれ家をを通り過ぎていくのか、あの女は。)

2402 いもかあたり遠くみゆれはあやしくも
      われはこふるかあふよしをなみ
     妹當遠見者恠吾戀相依無

2403 たまくぜのきよきかはらにみそぎして
        いのるいのちもいもがためなり
      玉久世清川原身秡為齋命妹為

2404 おもふより見るよりものはあるものを
       ひとひへたつるわするとおもふな
      思依見依物有一日間忘念

2405 垣ほなす人は言へども高麗錦(こまにしき)
      紐解き開けし君ならなくに
    垣廬鳴人雖云狛錦紐解開公無

2406 高麗錦紐解き開けて夕へだに
      知らざる命恋ひつつあらむ
    狛錦紐解開夕戸不知有命戀有

2407 もゝさかふねかつきいるゝやうらさしてはゝ
      はとふともその名はいはし
     百積船潜納八占刺母雖問其名不謂

2408 まゆねかきはなひ日もときまつらんや
      いつしか見んとおもふわかきみ
    眉根削鼻鳴紐解待哉何時見念吾君
 (眉を掻き、くしゃみをし、紐も解けて待っているだろうか、
         いつ逢えるのかと苦しんでいる私を。)
 万葉の人々は、くしゃみや眉毛のかゆみ、紐が自然に解けることなどを、
 恋人が訪れる前兆だと考えていたそうです。

2409 きみこふとうらふれをれはくやしくも
       わかしたひもをむすひてたゝに
     君戀浦經居悔我裏紐結手徒

2410 あら玉の年は果つれど敷妙の
      袖交へし子を忘れて思へや
    璞之年者竟杼敷白之袖易子小忘而念哉

2411 しろたへのそてをはつかに見しからに
       かゝるこひをもわれはするかも
     白細布袖小端見柄如是有戀吾為鴨

2412 我妹子に恋ひすべなかり夢に見むと
       吾(あれ)は思へどい寝らえなくに
      我妹戀無乏夢見吾雖念不所寐

2413 故もなく吾(あ)が下紐そとけたるを
       人にな知らせ直に逢ふまで
     故無吾裏紐令解人莫知及正逢

2414 恋ふること心遣りかね出で行けば
       山も川をも知らず来にけり
     戀事意遣不得出行者山川不知來
   (恋の切なさを慰めかね、やりきれなくて出てきたので、
        山をも川をも夢中で来てしまった。)
 
明けど暮らせど、戀戀戀ですね。。
以上、 正(ただ)に心緒(おもひ)を述ぶことでした。。
人麻呂戀歌 番外編かな。。

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記事は、主に
 1,秘められた挽歌-柿本人麻呂と高市皇子
 2,無冠の恋歌
 末田 重幸著
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もし、興味をお持ちになった方がいたら、読まれてみてはと思います。。
ただ私の文章については、歌の解釈歴史的背景その他に誤りが多々あるかと思いますので、間違っても決してお勉強のご参考にはなさらないよう
伏してお願い申し上げます。<(_ _)>
[ 更新日時:2006/10/21 18:51 ]
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by sylphid-mave | 2008-10-22 06:04 | 柿本人麻呂 | Comments(0)
どぶログからの転載の続きです。
2006/10/19のBlog
妻に与へる歌一首 柿本朝臣人麻呂
1782 雪こそは春日(はるひ)消ゆらめ心さへ消え失せたれや言(こと)も通はぬ
 雪己曽波春日消良米心佐閇消失多列夜言母不徃來

妻の和(こた)へる歌一首 柿本朝臣人麻呂
1783 松反(かへ)り盲(し)ひてあれやは三栗(みつくり)の
     中上(なかのぼ)り来ぬ麻呂といふ奴(やっこ)
     松反四臂而有八羽三栗中上不來麻呂等言八子

(1782) 雪は春の日に消えもしようが、心さえ消え失せてしまったのだろうか。
      言葉も通じないが。

(1783) 松がはねて盲になったのだろう。なかに上がってこない麻呂という奴隷は。

697年軽立太子に伴う人事異動の際、人麻呂は失官したと思われます。
無官の身の人麻呂は今までのように公然と軽宮に上がることがはばかれるようになった。会いたい気持ちは募るばかり。。
そんな人麻呂は愚痴にも似た歌を土形娘子に贈ります。
--使いの者をよこしてくれないと、なかなか会いに行けない。
  何も言ってこないのは、もう忘れてしまったのだろうか、私のことは。--
それに対して、同じように会いたいのにこんな歌を寄こす人麻呂に土形娘子は、強烈なしっぺ返しを返します。。
--会いたいなら、いつでも上がってくればいいじゃない。きっと、松でもはねて目が見えなくなってこれなくなったんでしょうね。人麻呂という奴は。--

この歌の土形娘子の厳しい口調は、人麻呂の消極的姿勢を叱咤激励しているもの、人麻呂の失官にもかかわらず以前に変わらぬ妻の気持ちを伝えているのだと思われます。
この歌によって、今までのように公然とではなくても妻(土形娘子)が住む軽の宮を訪ねていけるようになれたのでしょう。たとえ「玉梓の使い」の知らせを待つ身であっても。。

いつの世も、強いのは女性のようです。
我が家も御多分に洩れずというところでしょうか。。ハハハ。
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記事は、
 1,秘められた挽歌-柿本人麻呂と高市皇子
 2,無冠の恋歌
 末田 重幸著
 講談社
 の2冊を、参考にさせてもらっています。
もし、興味をお持ちになった方がいたら、読まれてみてはと思います。。

ただ私の文章については、歌の解釈歴史的背景その他に誤りが多々あるかと思いますので、間違っても決してお勉強のご参考にはなさらないよう
伏してお願い申し上げます。<(_ _)>
[ 更新日時:2006/10/20 07:56 ]
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by sylphid-mave | 2008-10-12 13:21 | 柿本人麻呂 | Comments(0)
久々に
ドブログより転載の続きです。。

2006/10/14のBlog
萬葉集巻第十三
 雜謌
 一首并短歌 作者未詳
3223 霹靂(かみとけ)の 日香(ひかれる)天(そら)の 九月(ながつき)の 
     時雨(しぐれ)のふれば雁(かり)がねも いまだ来鳴かぬ 神奈備(かむなび)の 
     清き御田屋(みたや)の 垣津田(かきつたの) 池の堤の もゝたらず 
     斎槻(いつき)が枝に 瑞枝(みずえ)さす 秋の赤葉(もみじは) 
     まきもてる 小鈴(をすず)もゆらに 手弱女(たわやめ)に 吾はあれども 
    引よぢて 枝もとををに うち手(た)折り 
    吾(あ)はもて行く 公(きみ)が挿頭(かざし)に
     霹靂之天之九 乃鍾礼乃落者雁音文未来鳴甘南備乃 三田 
     乃垣津田乃 之 之百不足三十槻枝丹水枝指 赤葉真割持小 
     文由良尓手弱女尓 者有友 攀而 文十遠仁[手偏+求]
     吾者持而徃公之頭刺荷

 反歌
3224 独り(ひとり)のみ見れば戀(こほ)しみ神名火(かみなひ)の
     やまの黄葉(もみちは)たおりこんきみ
     獨耳見者戀染神名火乃山黄葉手折來君  

 一首并短歌 作者未詳
3227 
   葦原(あしはら)の 瑞穂(みづほ)の国に 手向すと 天降(あも)りましけむ 
   五百万(いほよろず) 千萬神(ちよろずかみ)の 神代より いひつき来る 
   甘南備(かみなび)の みむろの山は 春されば 春霞たち 秋ゆけば 
   くれなゐにほふ 甘南備(かみなび)の みむろの神の 
   帯にせる あすかの河の みをはやみ 生(を)ひためがたき 
   石枕(いはまくら) こけむすまでに 新夜(あらたよ)の さきくかよはむ 
   ことはかり 夢にみせこそ 剣太刀(つるぎたち) いはひ祭れる 神にしませば
   葦原笶水穂之 丹 為跡天降座兼五百万 之 從云續 甘南備乃三諸 
   者 去者 立 徃者紅丹穂經甘甞備乃三諸乃 之 為明日香之 
   之水尾速生多米難石 蘿生左右二新 乃好去通牟事計 
   尓令見社 劔刀齊 二師座者

 反歌
3228 かみなひの三諸の山にかくれたるすきしすきんやこけのむすまて
     神名備能 之 丹隠蔵杉思將過哉蘿生左右

3229 いくしたてみわすへまつる神主のうすの玉かけ見れはともしも
     五十串立神酒座奉神主部之雲聚玉蔭見者乏文

(3223) 稲妻が天空に光り、九月の時雨が降り、雁もまだきて鳴かない(このごろ)、
      神奈備の清い御田屋の、垣内田(かきつだ)の池の堤に立つ、
     神聖な槻の木の多くの枝に、みずみずしく色づいた秋の紅葉。
     手に巻いた小鈴を鳴らしながら、か弱い女の身の私ではあるが、
     ひきよじて、枝もたわわに折りとって、私はもっていく。
      あなたの挿頭(かざし)にと思って。
(3224) 独りだけで見ていると、あなたが恋しくなって、
      神名火山(かむなびやま)の黄葉を折り取ってしまいました。あなた。

(3227) 葦原の瑞穂(みずほ)の国にお供えをする山だと、
      多くの神々が天降りました神代より、語り継がれてきた神奈備の三諸の山は、
     春が来れば春霞が立ち、秋になれば紅葉が美しい。
     その神奈備の三諸の神の帯になって流れる明日香川は、
     水流が速く苔もつかないが、その川床の石に苔が生えるまでも、
      毎夜のように、うまく通える計画を夢に見せて欲しい。
      剣刀をおさめ、心をこめてお祭りする神なのだから。

(3228) 神名火の三諸の山に懸けて、あなたを恋しく思う気持ちは消えることはない。
      川床の石に苔が生えるまで。

(3229) 斎串(いぐし)を立て、神酒をお供えする神主部の、うずにさす玉の葉陰を見ると、
     (あなたが、わたしの挿頭に手折りもっていくと歌った紅葉のことが思われて)
      羨ましくなる。


万葉集 巻十三の雑歌、作者未詳となっていますが土形娘子と柿本人麻呂との戀の相聞歌だと勝手な思い込みの上で。。
3223、3224が土形娘子の贈歌。それに3227、3228、3229で人麻呂が答えた、相聞。
素人の私でさえ人麻呂の答歌より土形娘子の贈歌の方が優れているように感じます。。
自身優れた歌人である持統の寵愛を受け、草壁皇子に愛された(持統は皇子を土形娘子から
離さざるをえなかった。)土形娘子。その才能と容姿がいかに優れていたかが伺えます。

歌っている内容は極々ありふれた恋人同士の歌。
土形娘子
 「ひとりで見ていると、あなたが恋しくなって、か弱い女の身の私だけれど、手に巻いた小鈴を鳴らしながら、枝もたわわに神名火山(かむなびやま)の黄葉を折り取ってしまいました。
あなたにと思って。」

人麻呂
 「三諸の山の神様ならば、毎夜のように、あなたにあえる計画を夢に見せて欲しいものだ。神名火の三諸の山に懸けて、あなたを恋しく思う気持ちは消えることはない。」

お互いに恋しいよう、毎晩でも会いたいよう、っと言っているわけですね。千年以上時が経っても男女の想いはあまり変わらないようです。
でも、この歌に何となくよそよそしさを感じるのは、まだ出会って間もない頃だったからなのでしょうか。。
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記事は、
 1,秘められた挽歌-柿本人麻呂と高市皇子
 2,無冠の恋歌
 末田 重幸著
 講談社
 の2冊を、参考にさせてもらっています。
歌とその歌意については、できるだけそのままにしています
ただ私の文章については、歌の解釈歴史的背景その他に誤りが多々あるかと思いますので、
決してお勉強のご参考にはなさらないよう
伏してお願い申し上げます。<(_ _)>
[ 更新日時:2006/10/14 00:20 ]
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by sylphid-mave | 2008-09-19 23:47 | 柿本人麻呂 | Comments(0)
10 2017 戀敷者 氣長物乎 今谷 乏之牟可哉 可相夜谷
     こひしくは けながきものを いまだにも ともしむべしや あふべきよだに
     恋ひしくは 日長(けなが)きものを 今だにも ともしむべしや 逢うべき夜だに

     (そなたに恋焦がれてずっと長い日々を過ごしてきたのだもの、
      やっと逢えた今宵だけは、
      私に物足りない思いをさせないで送れ。
      晴れて逢えるこの夜だけでも。)

第三歌群の結びの歌。
ついに逢うことのできた寝屋で、牽牛が織姫に呼びかけた歌。。
抱いても抱いても飽き足らない男の心情を婉曲に歌っている。

これで、秋雜歌 七夕(シチセキ)第三歌群はおしまい。
どうでした??万葉集ってなかなか生々しくって、俗っぽいでしょ。。
七夕歌は後九十首あります。
一日一首続けても3ヶ月。。。本当に秋になっちゃうのでこの辺で。。

もし興味があったら近所の図書館か、本屋さんで、万葉集開いてみてくださいね。

さてさて、今年の7月7日の空は如何なものに相成りますでしょうか。。。

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今回は 「万葉集 註釈」 伊藤博 著を参考にさせていただきました。。
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by sylphid-mave | 2008-07-06 20:05 | 柿本人麻呂 | Comments(0)
10 2016 真氣長 戀心自 白風 妹音所聴 紐解徃名
     まけながく こふるこころゆ あきかぜに いもがおときこゆ ひもときゆかな
     ま日長く 戀ふる心ゆ 秋風に 妹が音聞こゆ 紐解き行かな

     (幾日もずっと恋焦がれてきた心に、
      吹く秋風に乗ってあの子の気配が聞こえてくる。
      さあ、衣の紐を解いて行こう。)


ついに、川を渡りきった牽牛の息せき切った思いです。
岸に着くやいなや織姫のもとに急ぐ牽牛の心。
「秋風に 妹が音聞こゆ・・」が、素敵ですね。。。
に、対して「紐解き行かな」は、実に露骨。。。。
まぁ、男の本音でしょうかねぇ。。。。。



ところが、出典未詳歌ですが
2048番歌にこんな歌があります。
牽牛を川岸で待つ織姫の歌です。

10 2048 天漢 河門立 吾戀之 君来奈里 紐解待
     あまのがは かはとにたちて あがこひし きみきますなり ひもときまたむ
     天の川 川門(かわと)に立ちて 我が恋ひし 君来ますなり 紐解き待たむ

     (天の川の渡し場に佇んでは私が恋いつづけてきたあの方が、
      いよいよいらっしゃるらしい。
      着物の紐を解いてお待ちしよう。)

織姫もおんなじことを思っているようで。
どんなに素敵な恋心も、
つまるところ、、、、、そういうことのようですね。。

おおらかで、情熱的な 万葉人。。。
好きですねぇ。。。。。
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by sylphid-mave | 2008-07-05 08:17 | 柿本人麻呂 | Comments(0)
10 2015 吾世子尓 裏戀居者 天漢 夜船滂動 梶音所聞
     わがせこに うらごひをれば あまのがは よふねこぐなる かぢのおときこゆ
     我が背子に うら恋ひ居れば 天の川 夜舟漕ぐなる 楫の音聞こゆ

     (愛しい背の君に早く逢いたいと待ち焦がれていると、
      時あたかも、天の川から、
      夜舟を漕いでやってくる櫓の音が聞こえる。)

いよいよ二星の逢会へと、時は流れていきます。。
牽牛の櫓の音を聞いて心をはずませている、織姫の歓喜の歌。
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by sylphid-mave | 2008-07-04 22:54 | 万葉のこと | Comments(0)