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Mañana será otro día

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大きなシャボン玉には、二通りのイメージがあると思います。
とにかくデッカイ中に人が入れるようなシャボン玉。
ストローで吹く普通のシャボン玉を大きくしたようなもの。

人が入れるようなシャボン玉だとこんな感じ。
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                           《県立宇宙科学館で撮影》
皮膜は厚くてもかまわないのでとにかく丈夫に作ります。液はドロドロ状態。
薄く延ばしたスライムのような感じです。

うちでは、シャボン玉も紙飛行機と同じで天までフワフワ飛ばしたいので、かる~く、薄~くしてるつもりです。
始めた頃は
こんなシャボン玉で充分満足だったのですが、
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今は、コンスタントに直径1mクラスを飛ばすのが目標ですかね。
1mオーバーのシャボン玉を作るのはそんなに難しくないんですが、(簡単でもないけど(^O^))フワフワと風に浮かぶように、遠くまで飛んでいけるように、軽くて丈夫なシャボン玉を作るのがナカナカこれがどうして奥が深いんですよねぇ。
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次はレシピ編かな

****余談ですが、スライムの材料は水とポリビニールアルコールとほう砂です。シャボン玉と同じです。つまり、うちで作っているシャボン玉はうす~く・うす~く延ばしたスライムそのものってことかも。***
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by sylphid-mave | 2005-10-31 22:34 | しゃぼんだま | Comments(2)
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久しぶりにシャボン玉を作ってみることにしました。
シャボン玉の材料はもちろん水と洗剤。あと副材料として様々なものが使われているようです。sylphidメインサイトでも以前書いたのでその辺はそっちに廻して
私が普段使っているのは写真の5種類です。
左から、グリセリン(Glycerin)、洗剤、PVA(ポリビニールアルコール)、精製水、ホウ砂(Sodium Borate)。
グリセリン(Glycerin)は、いわゆる浣腸のお薬。その他溶剤として軟膏基材 等に使われます。
洗剤、色々使いましたが私は写真のがお気に入りです。
PVA(ポリビニールアルコール)、難しい名前ですが、いわゆる合成洗濯糊です。
精製水、コンタクトレンズの洗浄などに使う水です。これって結構キモです。地域差もありますが、水道水はシャボン玉、特に大きく作る場合は不向きです。ベストは空から降ってくる雨水を濾過したもの。理由は軟水だから。マンション住まいでは雨水が採取しにくいので精製水を使っています。
ホウ砂(Sodium Borate)、洗眼や消毒に使うお薬。
薬品が色々並んでいてチョット危なそうですが、洗眼剤だったり、保湿剤だったりでヤバイお薬はありませんょ。
この中で、メインで使っているのは真ん中の3種です。
この写真を撮ったあと野暮用で出かけてしまったので今日はシャボン玉作りはおあずけでした。このネタは、もう少し引っ張ることにしましょう。(^_^)/~
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by sylphid-mave | 2005-10-30 23:15 | しゃぼんだま | Comments(2)
この挽歌は、人麻呂の作品としては、高市皇子の挽歌のつぐ長大なものです。

明日香皇女の挽歌は、人麻呂の挽歌の中でもっとも充実した、豊潤な、挽歌らしい挽歌といえるかも。この挽歌で人麻呂は皇女の夫忍壁皇子に深い同情を寄せています。
実際、柿本人麻呂と明日香夫妻とは親しく交際していたようです。
人麻呂は持統の神経を逆撫でするような献歌を何度も作っています、その度に忍壁皇子の助けを借りたり、明日香皇女に持統に口利きをしてもらったりしたのではと思います。(持統は明日香皇女を朝廷内の調停役として必要としていたようですので、明日香皇女の言葉には貸す耳もあったようです。)
持統自らも認める人麻呂の才能と明日香夫妻の協力がなかったら、持統の怒りに触れ、命さえ落としかねないこと、しばしばあったのではないかと想像します。
ホント、思ったことを後先考えず歌にしてしまう人のようです。人麻呂という人は。おおらかというか、天の邪鬼というか。好きですねぇ、こういう人。
軽皇子立太子後無冠となった柿本人麻呂の久しぶりの挽歌、公的活動としては高市皇子の挽歌以来4年ぶりとなります。
人麻呂の挽歌制作は、明日香皇女の生前の希望もあったようです。人麻呂としても親交の厚かった皇女の挽歌で思い入れも深かったろうと思います。
ただ、挽歌制作を柿本人麻呂に命じた(承認した)持統の真意は別のところにあったようです。

701年6月、持統上皇は吉野に行幸します。そして、上皇にとって久しぶりのそして最後の吉野行きにも人麻呂は随行します。

何故、持統上皇は再び人麻呂を起用したのか。。。。。more
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by sylphid-mave | 2005-10-29 19:02 | 柿本人麻呂 | Comments(1)
“空へ”紙飛行機sylphidのエントリで“空へ”のタイトルを付けた時イメージしていたのは、実は「カルメン・マキ&OZ」の“空へ”でした。
ぼんやりと 浮かんだ雲のように
さまよいたいと 思った頃から
遠くささやく お前の声が
いつも 私を ささえた
いつかはきっと おまえのように
飛んでみせるよ 私も

あんたの好きなように生きて行けばいいと
すりきれたレコード おまえのブルース
何事もなく 生まれてきたのは
誰のせいでもないし
おまえの後を たどっていた
夢をたぐりよせて

遠く聞こえる おまえの唄が
いつも 私を ささえた
いつかはきっと おまえのように
飛んでみせるよ 私も

明日はきっと おまえのように
翔んでみせるよ 私も


やっぱり、名曲だと思います。
ゆったりとしたリズムで淡々と歌うマキですが
今でもたまに聴き直すとゾクゾクと来ますね。


ギターの春日博文とOZを結成する前、竹田和夫のブルース・クリエイションとのコラボで『カルメン・マキ&ブルース・クリエイション』(1971)ってのがあるんです。ジャニス・ジョプリンばりのブルース系・ハードロックをやってるそうなのですが、まだ聴いたことがなくて、是非聴いてみたいですが。まだ手に入るのかな。
後「5X」以降の
「うるさくてゴメンねBAND」「カルメン・マキ&モーゼス」とかもCDがあれば手に入れたいですねえ。
「カルメン・マキ」は、また追々エントリしていくと思います。

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by sylphid-mave | 2005-10-27 22:25 | 音居間HM/HR | Comments(8)
過日、お話ししました社歌ですが。
地元紙西日本新聞の取材を受けまして本日(10月25日)付朝刊に社長が出ています。
ご近所の方で西日本新聞ご購読の方、良かったら読んでやってください。
--今週末はRKBラジオにでるとハリキッテおります。--
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by sylphid-mave | 2005-10-25 22:52 | Job | Comments(4)
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いつもの太宰府政庁跡地が使えなかったので、久しぶりの春日公園調整池。
雑草がきれいに刈られていて、その上以前沼地のようになっていた周辺水路も整備されていました。
これなら、人が少ない時間帯は十分飛ばせそうです。
13gの軽量型sylphid、予想以上でした。高くあげるのは難しかったけれど、重力が作用していないのかと思うほど降りてきません。
って、おもいっきり大袈裟ですが。この機体は息子用にしようかな。

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by sylphid-mave | 2005-10-23 22:43 | 飛行機のこと | Comments(6)
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九州OPEN紙飛行機選手権用です。
エンジンの非力さは、軽量化でカバー。
気分は、ロータス・エランか、エリーゼか。。。。。
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by sylphid-mave | 2005-10-22 00:13 | 飛行機のこと | Comments(5)
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漢字ばっかりのBlogに久しぶりの画像です

sylphid300-lightweight
秋の九州open向けにsylphidを軽量化。
主翼スパン300mmで13g(多分そのくらい)。これは結構軽いと思うのですが(わたしとしては)。。。。。
主翼の桁を抜いて、完全中空翼(*機首との接着部分だけは上から抑えやすいように残しています。)
週末にでも飛ばしてみたいです。
強度と、変形がチョット心配ですが。まぁ、なるようになるでしょう。(^o^)
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by sylphid-mave | 2005-10-21 18:58 | 飛行機のこと | Comments(0)
 29 春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山
 この歌は、もちろん人麻呂の歌ではありません。
百人一首にも載っている、持統天皇の有名な歌ですね。
何故、この歌を、、、、というと。
実は、高市皇子に関わりがあることと、
一見さわやかなこの歌から持統の凄さが読みとれるからです。

どう凄いかというと。。。。more
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by sylphid-mave | 2005-10-19 00:01 | 柿本人麻呂 | Comments(5)
万葉集3324に挽歌があります。ただ挽歌としか書かれていませんが、人麻呂の高市皇子への挽歌でしょう。公式の殯宮挽歌は、前述の通り、壬申乱の高市皇子の功績をあげ皇子を讃える歌になっていましたが、この挽歌は高市皇子と公私ともに過ごした人麻呂の想いがいっぱいです。
人麻呂の事績が、「日本書紀」などの公の記録から徹底して消去された背景には、高市皇子急死を巡る疑惑をその挽歌を介して告発するかに見える人麻呂の政治的姿勢があったのかもしれません。
 高市は国見の帰路暗殺されます。そしてその場所に高市皇子の殯宮と常宮がおかれます。 太政大臣高市皇子の自らの墳墓造営は当然進んでいたはず。なのに何故ここに、急ごしらえの永久に鎮まる墓所(常宮)をおいたのか。 持統は高市皇子の墳墓造営を渋々認めたものの、天武が眠り、やがて自分が眠るはずの地に並んで、自分が暗殺したものが眠ることを快く思うはずはありません。で、自らの権力を持って理由をこじつけ、高市皇子を殺害した場所を高市皇子の常宮としたのでしょう。当然その墓は急ごしらえのものとなります。しかし、時の太政大臣高市皇子の墓ですからその装飾・副葬品は当時最高のものだったのではないでしょうか。

その高市皇子の常宮とは。。。。。More
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by sylphid-mave | 2005-10-17 22:34 | 柿本人麻呂 | Comments(0)